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東京高等裁判所 平成12年(行コ)22号 判決 2000年5月17日

控訴人(原審原告)A

被控訴人(原審被告) 特許庁長官 B

右指定代理人 C

同 D

同 E

同 F

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた判決

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し、平成一一年七月六日発送した登録番号第三〇六〇二九八号の実用新案登録についての実用新案技術評価書において、請求項1を評価1とし、請求項2を評価2とした実用新案技術評価を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、後記一及び二のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決「第二 事案の概要」及び「第三 当事者の主張」の各欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、当該実用新案権は、実体的要件を満たさないものとして、実質的に無効であるものとして扱われる。

すなわち、実用新案権者は、専用実施権の設定及び通常実施権の許諾の各権利を有しており、業として登録実用新案を実施する資力を有していない場合には、企業等に実施権の設定、許諾をする場合が殆どである。

しかしながら、企業等は、実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、これを平成五年法律第二六号による改正前の実用新案法(以下「旧実用新案法」という。)所定の拒絶査定と同視し、たとえ、実用新案権者がその評価が誤りであると主張し、その主張が首肯し得るものであっても、無効審決の可能性が少しでもある限り、実施権者となろうとはしない。これは、実用新案技術評価が、正確、かつ、客観性を期することにおいて、旧実用新案法又は特許法の登録(特許)査定、拒絶査定と同様であるからである。

したがって、実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、その評価は、実用新案権者の実施権設定、許諾の権利を奪うものであり、実用新案権を拘束するものである。

2  実用新案法二九条の二は、実用新案権者に対し、損害賠償請求権等の権利行使をするに当たって、実用新案技術評価の請求をさせて、「1」から「6」までのいずれかの評価を受けることを義務付け、かつ、警告時に実用新案技術評価書を提示して、いかなる評価を受けたかを相手方に知らせることを義務付けている。すなわち、実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれであるかによってではなく、そのいずれであるかを知らせるか否かによって、権利行使の可否が左右されるのである。

そして、義務を有するとは、法的効力を有するということであるから、実用新案技術評価は法的効力を有しているのであり、「直接国民の権利義務を形成することが法律上認められているもの」として、「処分」に当たるものである。ここにいう「国民の権利義務」とは、何らかの権利又は義務を意味し、その内容を限定して解することは誤りである。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の主張1について

実用新案技術評価は、実用新案権について、先行技術文献及びこれに基づく考案の有効性に関する評価を含む客観的な評価をするものであり、技術的・専門的に公的な一定の見解を表明するにすぎないものである。したがって、それは、鑑定的性質を有するものにすぎず、それ自体が、実用新案権の権利としての消長に影響を与えるものではなく、何ら法的な拘束力を有するものでないことは明らかである。

控訴人の主張は、現実の取引社会において、実用新案技術評価を参考として、当該実用新案権の専用・通常実施権者とならない取扱いをする企業があるとの実情を指摘したにすぎないものであり、実用新案技術評価が「処分」に当たるか否かを判断する際に考慮されるべき事情となるものではない。

2  控訴人の主張2について

実用新案法二九条の二は、実用新案権者による権利行使を適切、かつ、慎重なものとすべく、権利の有効性に関する客観的な判断材料である実用新案技術評価書の提示を形式的な要件としたにすぎず、その評価の内容いかんによって、右権利行使が妨げられるものではないから、同条によって実用新案技術評価書の提示が必要とされたとしても、実用新案技術評価書に記載された実用新案技術評価が、当該実用新案権者の権利又は法律上の地位に何ら影響を及ぼすものではなく、したがって、直接国民の権利義務を形成するものとなるものではない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。

その理由は、控訴人の当審における主張に対し後記二のとおり判断するほかは、原判決事実及び理由欄の「第四 当裁判所の判断」と同じであるから、これを引用する。

ただし、原判決一〇頁六行目から七行目にかけての「示すこととしている。」の次に、改行して、次のとおり加える。

「 そして、その評価は、「評価1」が、「この請求項に係る考案は、右欄(注、実用新案技術評価書の「引用文献名等及び説明」欄を指す。以下同じ。)の刊行物の記載からみて、新規性を欠如するものと判断されるおそれがある。(実用新案法第3条第1項第3号)」というものであり、「評価2」が、「この請求項に係る考案は、右欄の刊行物の記載からみて、進歩性を欠如するものと判断されるおそれがある。(第3条第2項(同条第1項第3号に掲げる考案に係るものに限る))」というものであり、「評価3」が、「この請求項に係る考案は、その出願の日前の出願であって、その出願後に登録公報の発行又は出願公告若しくは出願公開がされた右欄の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明又は考案と同一と判断されるおそれがある。(第3条の2)」というものであり、「評価4」が、「この請求項に係る考案は、その出願の日前に出願された右欄の出願に係る発明又は考案と同一と判断されるおそれがある。(第7条第1項、第3項)」というものであり、「評価5」が、「この請求項に係る考案は、その出願と同日に出願された右欄の出願に係る発明又は考案と同一と判断されるおそれがある。(第7条第2項、第6項)」というものであり、「評価6」が、「特に関連する先行技術文献を発見できない。」というものである。(甲第五号証、弁論の全趣旨)」

二  控訴人の当審における主張について

1  控訴人の主張1について

控訴人の主張は、要するに、実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、企業等が当該登録実用新案の実施権者となろうとはしないから、該「1」から「5」までのいずれかの評価が、当該実用新案権を実質的に無効とする処分であるというものであると解される。

しかしながら、前示(原判決八頁末行から九頁三行目まで)のとおり、行政事件訴訟法三条二項の「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであり、このことは、具体的な行政庁の行為が右の「処分」に当たるか否かは、当該行為の根拠となる行政法規が、当該行為を、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものとして、規定しているか否かに係ることを意味するものである。

しかるところ、控訴人の主張するような、実用新案技術評価が「1」から「5」までのいずれかであれば、企業等が当該登録実用新案の実施権者となろうとはしないとの実用新案権者の不利益が仮に存在するとしても、それが、実用新案法が実用新案技術評価によって直接形成し、又はその範囲を確定するために規定した国民の権利義務に相当すると解すべき根拠は、同法上、全く存在しないから、単なる事実上の不利益であるといわざるを得ず、かかる不利益があることを理由として、実用新案技術評価が行政事件訴訟法三条二項の「処分」であるとすることはできない。

したがって、控訴人の右主張は失当である。

2  控訴人の主張2について

控訴人の主張は、要するに、実用新案法二九条の二によって、実用新案権者が、損害賠償請求権等の権利行使をするに当たって、実用新案技術評価の請求をし、「1」から「6」までのいずれかの評価を受けること、及び警告時に実用新案技術評価書を提示して、該「1」から「6」までのいずれの評価を受けたかを相手方に知らせることを義務付けられているから、実用新案技術評価は、その内容いかんにかかわらず、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められている「処分」であるというものであると解される。

しかしながら、実用新案法二九条の二は、「実用新案権者又は専用実施権者は、その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ、自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し、その権利を行使することができない。」と定め、実用新案技術評価書を提示することを、実用新案権者の権利行使の一要件としているにすぎないのであり、当該実用新案技術評価書に記載された実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれかの評価であること(例えば、評価6であること)は、該権利行使の要件とはされていない。すなわち、実用新案技術評価自体は、実用新案権者の右権利行使に何ら影響を及ぼすものではないのである。

しかるところ、本件において、控訴人が、行政事件訴訟法三条二項の「処分」に当たるものとして、その取消しを求めているのは、前示第一の一の2記載の実用新案技術評価自体であり(実用新案技術評価書は、その実用新案技術評価を特定するために記載されているにすぎない。)、また、右の「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであることは前示のとおりであるから、実用新案法二九条の二によって、実用新案技術評価書の提示が実用新案権者の権利行使の一要件とされているからといって、控訴人が、本件において、取消しを求めている実用新案技術評価が右の「処分」に当たるとすることはできない。

したがって、控訴人の右主張も失当である。

三  以上によれば、原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)

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